最近ポテチを食べると胃がもたれるようになりました。。。
年齢のせいですかね。
でも、同い年の旦那さんは全然へっちゃら。
ポテチはおろかお肉やお魚の脂身、どんとこいです。
体質の違いなんでしょうねぇ。
これからはポテチは控え
じゃがりこやとんがりコーンにシフトチェンジしようと思います。
最近ポテチを食べると胃がもたれるようになりました。。。
年齢のせいですかね。
でも、同い年の旦那さんは全然へっちゃら。
ポテチはおろかお肉やお魚の脂身、どんとこいです。
体質の違いなんでしょうねぇ。
これからはポテチは控え
じゃがりこやとんがりコーンにシフトチェンジしようと思います。
こんなにも待機児童が多いのに
合計特殊出生率は毎年下がる一方なのは
働く(働かざるを得ない)親が増えているのでしょうね。
学校の先生が足りないというニュースを見ました。
このまま少子化が進めば
子どもの人数が減って
学校がどんどん統合とかされて
逆に先生の人数の方が増えて
一クラス二人担任とかになって
子どもには手厚い教育を受けさせてあげられ
先生業務も折半できるような世の中になっていく気がするのです。
今の学校の先生は
本当にやることが山積みで
大変なことと思います。
いろんな子どもだけでなく
いろんな親や
課題を抱えた家庭も増えている中で
指導内容はどんどん複雑化していく…
一人で全てを受け持つのは大変すぎます。
二人担任だったら
互いにフォローしあえるのかな。
それとも
今まで一人でやり遂げていたことを
他者と共有していくことの方が難しいのかな。
知り合いの子(5歳)が
眼の下のくまがひどかったので
「どうしたの?」
と尋ねたら
「怖くて夜眠れない」
と言っていました。
「怖い夢みるの?」
と聞いたら
「お母さんとお父さんとお兄ちゃんがゾンビのゲームで夜遊んでる。」
と。
寝る前にゲーム。
しかもゾンビもの。。。
それは怖いわ…
寝る前にゲームはよくないとか
現実と非現実が区別できないような年齢の子の前で
ホラー色の強い内容のモノを見せるとか
ありえない、という感覚に陥るのですが
そういうの考えられない大人が
一定数いるのだな、と悲しくなりました。
大人にはなっているのだけど
親にはなれていないといいましょうか。
自分の時間や
自分のやりたいことを優先してしまうのでしょうね。
同じように大人になりきれない大人たちも増えているように思います。
自分の趣味や好きなことに時間を費やしたい。
そのためには仕事はそこそこできればよい。
なんならできるだけ楽な仕事、好きなことを仕事にしたい
と思っている人、増えているように感じます。
子どもを産み、育てることがすべてではありません。
いろんな生き方があっていいと思います。
けれど社会は働く人がいるから
新しい世代が引き継いでくれるからこそ成り立っているわけで。
そう思うと
働くことが楽しい
誰かの役に立つことが嬉しい
他人と共存(結婚)すること、
家族を持つこと、
子どもを育てる事って素晴らしい!
と思える人が増えるといいのですが…
なんだかとっても切ない気持ちになりました。
これはただのメロンパンと麦茶ではありません。

いつかの軽食でもありません。
メロンパンはおばあちゃんが好きだったもの。
明日のお墓参りの際にお供えする予定です。
そして麦茶は
おばあちゃんが道で倒れた時に
お父さんと車で迎えに行って
近くのコンビニの駐車場に車を停めて
お父さんとおばあちゃんが来るのを
車で待っていた時に買ったもの。
12月の寒い時期だったから
お父さんには温かい缶コーヒー。
おばあちゃんに温かい麦茶。
温かい飲み物でも握っていれば
気持ちが和らぐかな、と思って
買ってはみたものの
2人ともに渡せず
持って帰ってきたもの。
缶コーヒーはとうの昔に消費期限が来て
麦茶は今月が期限でした。
これを買った時には
ペットボトルの消費期限がきても
おばあちゃんはまだ生きてると思ってた。
たまーに夢に出てきてくれるおばあちゃん。
この間は冷蔵庫からたんまりお寿司を出してくれて
「食べな。」と振る舞ってくれた。
チョコチップメロンパンが大好物だと思っていたけど
本当はお寿司が食べたいってことなのかな。
「子育て」という言葉がある。
その意味はもちろん
「子どもを育てる」ことである。
しかし
対象である子どもは
一方的に育てられるわけではない。
いろんなことを吸収して
自ら育っていこうとする。
私たち保護者の役目は
育てることであるが
育つことは子どもに任せるのが大事であると思う。
伸びたいように子どもは伸びる
私たち保護者は
伸びたい方向に安心して伸びることができるように
ご飯を食べさせ
安心して休息できる場所を提供し
手を伸ばして来たら受け止めてあげる。
そうすれば子どもは伸びたいように伸びていく。
子育ては過保護であっても良いが
過干渉になってはならない。
だからと言って放任もまた違う。
その子がどのように育とうとしているのか見極め、
必要なときに声や手をかけてあげれば
自然と育っていくのである。
ちょっとしたことで
すぐに嫌味を言う性格を
本気で治したい!
と、思い
ネットで検索してみたら
「嫌味を言いたくなったら 対処法」
と打っている途中で
「嫌味を言われたら」
「嫌味を言う人」
「嫌味を言われた時の対処法」
がズラッと出てきて
私の悩みに真剣に答えてくれたのは
YahooのAIだけでした(笑)
「深呼吸をしてみましょう。」
とか
「物理的距離をとってみましょう。」
とか
それでも抑えられず
小言を言ってしまうから悩んでいるのに…
全く役に立たないAIです。
(これも嫌味?)
そんなわけで
いつも被害者になっているパパに
「嫌味を言う性格を真剣に治したい!」
とストレートにぶつけてみたら
「無理だよ。生まれてきてからずっとそうなんだから。」
「パパと太郎が震えながら耐えれば良い話!だから母さんはそのままでいなさい。」
って言ってくれた。
太郎にも
「諦めてるから!大好きだから!」
「嫌味言いたくなったらギューすればいいの!オールオッケー!」
って。
・・・・なんて良いやつ(T△T)
この人が旦那さんだから
太郎が我が子だったから
助かってるんだなぁ。
改めて
感謝(ノД`)
そんな2人に甘えちゃいけない
とは思いつつも
2人の言う通り…
治らないんだろうなぁ↓↓
旦那さん、厄年らしく
「仕事で嫌なことが続いたのは厄年のせいか!!」
と納得し
お祓いに行くことを決めたらしい。
この間も
「今日から6連勤なのにずっと雨…厄年だわ。。。」
って言ってたけど
5連勤の私にとっても天気はずっと雨だから
厄年関係ないと思うんだけど。。。
なんでも厄年のせいにしてるけど
天気は厄年関係なくない?
って思うけど
本人が厄年のせいにすることで
納得してるから放っておこう(*´з`)